からだとこころ なみのね相談室

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小説なみのね

「小説なみのね」とは

NEW 「新・小説なみのね」
「小説なみのね」は、クライエントとの対話。
「新・小説なみのね」は自分との対話として始めました。

これまでの「小説なみのね」
主として臨床動作法という器の中で、一人の人と向き合っていると、その瞬間・瞬間に火花が散り、さまざまなことが起こってきます。
それらは大切な、その人の人生そのものであり、決して他者に開示すべきではない情報です。
ですから、そのままを語ることは許されませんし、そもそもそんなことはできるものではありませんが、 そのエッセンス的なこと、上澄み液のようなものを示すことはできないかと考えたときに、短い小説にしてみようかと思い立ちました。
小説ですから、もちろん作り話です。
私の勝手な思いこみや解釈でつづったものです。
ですから、そのようなものとして読んでいただければ幸いです。

2025年5月29日からは、「新・小説なみのね」を開始しました。

「小説なみのね」

NEW 新・第8話「卵を忘れかけた電車の中で」

その日は、パン屋の留守番を頼まれていた。
古くからある店で、人気のロールパンのサンドイッチが看板商品だ。
ふわっとしたパンの香りが漂い、冷蔵庫にはレタス、ハム、ゆでたじゃがいもが並んでいた。

お客さんがやってくる。
「法事があってね。サンドイッチを20個、お願いできるかな?急ぎなんだ。あと20分ほどで出ないといけなくて。」

私は冷蔵庫の材料を確認し、すぐに調理にとりかかった。
レタスを洗い、ハムをスライスし、じゃがいもは軽く潰して混ぜ込む。
味つけは、マヨネーズに少しバターを加えて、やさしいコクを出した。
でも……肝心のゆで卵を忘れていた。

気づいた瞬間、胸がざわめいた。
「あと20分もらえれば……」
私がそう告げると、男性は奥さんに話してくれた。
奥さんは少し出発を遅らせることにしてくれた。
私は、大きな鍋に卵を10個入れたが、「もっと挟みたい」と思い直して、20個に増やした。
大鍋でぐつぐつと茹でていく。
それは、まるで自分の内側のなにかを、ぐらぐらと煮詰めているような感じだった。

なぜか、鍋を持って電車に乗り込む。
座席にカセットコンロがあり、鍋を置く。
湯気が立ちのぼる。
そのとき--

「先生!!」
明るい声が響いた。
振り向くと、生徒たちが私を見つけて笑っていた。
「すごい偶然!」
「どこ行くんですか?」
私は思わず笑って、彼女たちの輪に加わった。
名前を呼ばれ、楽しく喋って、席を移動して……
その瞬間、卵の存在が、意識から遠のいていた。

電車が駅に着き、同僚の先生が立ち上がった。
「じゃあ、ここで降りるわね」
私もつられて席を立った。
その時--
目の前でドアが閉まった。
私は電車に残された。
そして、その瞬間、思い出した。
卵!

鍋のもとに戻ると、驚きの光景が広がっていた。
私の大鍋から、ゆで卵が取り出され、数人の乗客が殻をむいて食べようとしている。
「それ、私のです!!」
私は叫び、卵を持っている人たちから一つずつ奪うように取り返した。
殻が半分剥けていたり、汚れていたりした卵もあった。
だけど、それでもまだ中身は無事だった。
私は卵たちを、怒り狂いながら取り返した。

その後、パン屋に戻り、卵をすべて丁寧に潰して、マヨネーズと混ぜ、塩コショウで味を調えた。
ふわふわのロールパンに、満遍なくはさんでいく。
20個、すべてに心を込めて。
少し不完全な卵も、味にすれば、誰にもわからない。
大切なのは、戻ってきたということ。
そして、自分の手で仕上げたということだった。

お客さんは、満足そうに言った。
「丁寧に作ってくれてありがとう。きっと、故人も喜ぶよ。」
私は、静かにほほ笑んだ。

私にしかできないこと。
忘れかけても、思い出せること。
傷ついたままでも、取り戻して、整えて、届けることができる
--それが、私の仕事だった。

新・第7話「風の教室」

むかしむかし、あるところに、「風の教室」というふしぎな学校がありました。
そこでは、見えない先生たちが、風のようにすーっと現れては、こころの奥のたいせつなことを、そっと教えてくれるのでした。

ある日、この学校で、とってもたいせつな『けんしん』が行われることになりました。
これは、命にかかわる大ごとで、学校じゅうがそわそわしていました。
でも…ふたを開けてみれば、生徒のなかには来ていない子もチラホラ。
あらまあ。
時間割はひっくり返るわ、先生たちはバタバタするわで、まるで台風が教室にやってきたみたい。

「いったい何を考えてるの!」と、びしっと怒ったのは、いつもピシッとしたきびしい女の先生。
主人公の"わたし"は、この先生にずっと「きっと嫌われてる…」と思っていました。
ところがどっこい、その先生が急にふり返って言いました。
「あなた、わたしのこと…好きよね? わたしも、好きよ?」

へっ!? なにその展開!?

でも、びっくりしたはずなのに、こころの中に、ふわっとあったかい風が吹きました。
そのあと、どこからともなく「新しい鞄」がやってきて、プレゼントのように渡されました。
やわらかくて、なんだか未来のにおいがします。

さてさて、そこに登場したのが…ちょっと変な、若い男の先生。
シャツはヨレヨレ、髪はボサボサ。まるで風に吹かれた洗濯物。
「今日から講師になりました?」と、のんびり登場。あらまあ、教室のエアコンまで勝手にポチッと切ってしまいました。
「地球のために、ですから!」とドヤ顔。
いや、エコは大事だけど、空気も読んでくださいな。
"わたし"は言います。
「まあ、私はいいけど、他の先生たちが来たら…知らないよ?」と。
少し逃げの姿勢もある私(笑)
そのあと、みんなでテレビを見ていたら…突然プツンと画面がまっくらに。
「アイツがまた何かやったな」と思いきや、なんと! 先生の足がコンセントにひっかかって、スイッチを踏んでいただけでした。ズコーッ。
そんなドタバタのなか、ちいさな足音が、トトト…と近づいてきました。

金色の毛をふわっとなびかせて現れた一匹のニャンちゃん。
夜の月の秘密を知っていそうな、おめめのするどい猫です。
とっても繊細で、ちょっとやそっとじゃ、心をゆるしません。
"わたし"は思いました。「あの男の先生には、この子の心はとらえられないかもしれない…」と。

でもね、伝わらないからって、その繊細さの価値が減るわけじゃない。
そっと見守ってくれる誰かがいれば、やわらかなこころも、ちゃんと力になるのです。
"わたし"は、ニャンちゃんのとなりにすわって、まっくらなテレビをながめました。
そこには、まだ教えてもらってないけれど、大切にしたい気持ちが映っているようでした。
そうして、"わたし"は、もらったばかりの新しい鞄をかかえて、またひとつ深い夢のなかへと歩きだしました。

新・第6話「青信号と雪の朝に」

自転車を、必死にこいでいた。
雨が降ってきた。空は低く、心も少し冷えていた。
頼れる父母はいない。
頼ってはいけないと、どこかで思い込んでいた。
だから、こぐしかなかった。

途中で、ふと「少し休もうか」という考えがよぎった。
でも、すぐにかき消された。
先生のところに行かなくては。

あの人に、会わなければならない気がした。
先生は、信頼できる女性だった。
早期退職されてからは教壇に立たず、英語を学んだあと、
絵手紙などの趣味の世界に移られた。
その姿には温かさもあったけれど、私はどこかで、飽き足りなさを感じていた。

雨が、やがて雪に変わった。
空一面から、小さな粒が音もなく降ってきた。
雨粒が、そのまま雪の粒に変わっていった。
冷たくて、でも、どこかとてもきれいだった。
少し泣きそうな気持ちになった。

そのとき、遠くの信号が青に変わった。
なぜかわからないけれど、それはたしかに「救い」だった。
あのまま進んだら、きっと――間に合った。
そう、夢の中の私は信じていた。

……目が覚めたとき、
私は、猫たちと一緒にまどろんでいた。
夢の中の私は、たしかに必死だった。
寒さと孤独、焦りと意志のあいだで揺れていた。

でも、いまの私は、
進むことが少し、楽しい。
どこまでやれるか――
残された年月と、自分の歩みたい道と、
静かに、誠実に、競争しているような気がする。

それはもう、誰かに命じられてではなく、
自分の意志で選び、こいでいる人生だ。

雪は、たしかに降っていた。
でも、とても、きれいだった。

そして、青信号は、
今も胸の奥で、そっと光っている。

新・第5話「グラウンドの扉」

 その部屋は、誰かに監視されているような、重苦しい気配に満ちていた。
窓もなく、壁には誰かの視線が張りついている。
 私は、その気配に耐えながら、ただじっとしていた。
 だが、ある瞬間、何かが起きた。
背後に誰かの気配を感じた。
振り向く前に、私は悟った。
--襲われるかもしれない。

 嫌だ。
 絶対に嫌だ。
 からだが凍りつきそうになる。
でも私は、心の中で叫んだ。
 「ここだけは、壊されてはならない」
 自分の内奥にある、最後の砦のような場所。
私は、その境界を必死に守ろうとした。

 次の瞬間、なぜかドアが見えた。
部屋の隅に、それまで気づかなかった扉。
私は、そこに向かって歩いた。
手が震える。
足がもつれる。
 でも、歩いた。

 ドアノブを握る。
冷たい金属が、私の決意を試すようだった。
ぐっと力を入れて回すと、ギィ…という音とともに、扉が開いた。

 その先には、誰もいないグラウンドが広がっていた。
整備もされておらず、草がまばらに伸び、空は曇っていた。
風が少しだけ吹いていた。

 私はそこに立った。
 もう、あの部屋には戻らない。
 風が、私の決断を確かめるように、そっと髪を揺らした。
 私は、自分の足で、グラウンドの真ん中へと歩き出した。

新・第4話「赤い背中」

――まさか、背中の動作で、あんな夢を見るとは思わなかった。
その日、30代が始まったころの私。
昼間に動作法のセッションを受けていた。
椅子に坐ったまま、背中に手を当てられた。
ぺこ、ぽこ。ぺこ、ぽこ。当てられた手の部位だけを押したり引いたりする動作を繰り返しながら、次第にそれだけに集中していく自分がいた。

その夜、夢を見た。
私は、豚だった。
椅子に坐っていた。夢の中でも、坐っていた。
そして、背中がじりじりと熱をもっていた。
ふと、自分の背中を見ると、そこには赤くただれた皮膚があった。
まるで焼けただれたような、むき出しの傷口――
「これは……私の背中?」
夢の中の私は、驚きながらも、それを知っていた。

そう、これは"痛み"だった。
ずっと見て見ぬふりをしてきた、内面のどこかでくすぶっていた痛み。
誰にも触れられたくなかった場所。
でも、ほんとうは触れてほしかった場所。
私は、その背中を、自分の目で見ていた。
それは苦しくもあり、どこかで、安堵することでもあった。
ただれた皮膚は、痛みの象徴だった。
けれど、夢の中の空気は、やさしく流れていた。
冷たくて、どこか慈しみを帯びた風だった。

そのとき私は夢の中で思った。
「ようやく、この痛みに向き合えたんだ」と。

新・第3話「ぶっきらぼうな彼女」

「将来? 別に、やりたいことないです」
そう言って、彼女は机に頬杖をついたまま、目線を動かさなかった。
国語の時間だった。読解課題に向き合っていたが、答えは空欄が多かった。
「難しい? それとも、興味ない?」と聞いたときも、彼女はただ一言。
「努力しないと読めないんで。」
そうして、また黙った。

他の先生たちと話していると、必ず彼女の名前が出る。
「努力の人だよね」「感情を表に出さないから、つかみづらい」「でも結果は出す」
そう言われるたびに、私は少し違和感を覚える。
評価されているのに、評価されきっていないような。
彼女自身が、その評価をどこかで拒んでいるような気がするからだ。

彼女は"やるべきこと"はやる。
課題も、小テストも、ノートも。
でも、"やりたいこと"には沈黙している。
その沈黙が、私はずっと気になっている。
一度、誰かが彼女に「将来どうするの?」と聞いたことがあった。
彼女は、少しだけ間を置いて答えた。
「……どこかには、行くと思います」
それだけだった。

周囲の教師たちは、彼女のそのぶっきらぼうさに戸惑っている。
「感情がないわけじゃないけど、読めないよね」と誰かが言った。
けれど私は、あのとき見た彼女の目を覚えている。
一瞬だけ揺れた、ほんのわずかな濁り。
それを、誰かが「空白」と呼ぶなら、私は「迷い」だと感じた。

彼女は、国語が得意ではない。
だけど私は知っている。
たとえば、本文の一節に「だが、それは言葉にならなかった」と書かれていたとき
、 彼女は黙ってその部分を何度も読んでいた。
指が、そこだけ何度も往復していた。
それだけで、十分じゃないか――と、私は思う。

きっと彼女は、世界を読むのに、人より時間がかかる。
でも、それは彼女が「遅い」のではなく、
「丁寧に読もうとしている」だけかもしれない。
そんなふうに思えるのは、
私がもう、若い教師ではなくなったからかもしれない。
評価も、指導も、スピードも、もう完璧にはできない。
だからこそ、私には見えるのかもしれない。
彼女が、「ただそこに座っている」姿の中に、
膨大な努力と、言葉にならない迷いがあるということが。

NEW 新・第2話「湖のまなざし」 ――その夢には、音がなかった。
ただ、水の気配だけがあった。

夜更け。
ひとつの夢が、私を包んだ。
湖だった。
波は立たず、風もなく、ただ静かな鏡のように横たわっていた。

その水面には、何も映っていない。私の姿すら、そこにはなかった。
私は湖のそばに立っている。自分のからだで立っている。
足の裏が冷えるわけでもなく、空気が肌をなでることもない。
ただ、そこに"視線"だけがあった。

水が、私を見ていたのだ。
湖の奥底から。
深く、ずっと深く、何かがこちらを見上げている。
それは、忘れていた記憶だった。
動作法を学び始めたころ、はじめて「背中のこの部分を押して」と言われた瞬間――私の背中のどこがどうなっているのか、まるでわからなかったあのときの私。
その私が、湖の底にいた。
まばたきもせずに、私を見ていた。
言葉もなく、ただ沈黙のまなざしだけで。

私はその視線に導かれるように、静かに膝を折り、
湖面に手を添える――その瞬間、ぽちゃん、と一滴の波紋が広がった。

そこに現れたのは、ぽーちゃんだった。
いつものように、堂々たる風格で私のそばに座り、
何も言わず、ただ湖を見つめていた。

やがて、金の風が吹き、アビイちゃんが現れる。
彼は水面を歩きながら、薬草のような葉をくわえていた。
夢の中でも、彼は薬師だった。

最後に、ビオラが跳ねた。
水の中から、まるで矢のように飛び出し、
私の胸に、小さな水晶のような珠を落としていった。

それは、私の声だった。
なくしたと思っていた、ほんとうの声。
この湖に沈んでいたもの。

そのとき、目が覚めた。

まわりには猫たち。
耳の先がぴくりと動き、夢の名残を感じている。

私は起き上がり、水晶を握った手を胸に当てる。

声にはならないけれど、深い息が動いた。
夢の中で交わされた視線は、
今もどこかで、湖のように、私を見つめている。

新・第1話「透明な水の大学にて」 ――"私"と猫たちの夢の装置が、今日もどこかで作動する。
夢の中で、私は大学の構内に立っていた。
足元には、水。くるぶしまで、透明な水が広がっていた。
構内というより、庭のようだった。煉瓦の小道や芝生のあいだを、静かな水が張っている。不思議と冷たくない。どころか、優しい気配さえ感じる。
「これは…夢だな」と、どこかで気づいていた。
そして、気づく。
"何か"を探しているのだと。
水の中には、小さな部品のようなものが、ちらほらと沈んでいた。金属片のようでもあり、記憶のかけらのようでもある。私はしゃがみこみ、そっと水面に手を伸ばす。
――ない。見えているのに、うまく拾えない。
「探しているものは、これじゃないの?」
そんな声が聞こえた気がして、振り向くと、そこにはアビイがいた。夢の中でも、彼はやせ型で金髪の毛並みをなびかせていた。首には、なぜか聴診器をぶら下げている。
「投薬、忘れてないよね?」
アビイは、真顔で言った。
私は、吹き出しそうになった。夢の中でまでアトピカの心配をされるなんて。

「その部品、ユング心理学の基礎知識じゃない?」
今度は、ぽーちゃんが登場。白と灰色のハチワレで、どっしりと水の上に座っていた。いや、座って浮いていた。大日如来そのままに、泰然として。
「見つかるよ。見つかるけど、"なくても平気だった"って気づくかもね」
それは、私の心の声でもあった。

私はきっと、自分の"未完成さ"に怯えていたのだ。
臨床動作法の柱はある。だけどユング心理学という部品は、まだ完全に手にしていない。それでも、私は夢の中でこう思った。
――ああ、なくても平気。でも、やっぱり、探したい。

すると、ビオラが現れた。
茶色のマーブル柄のマンチカンで、小柄だけど敏捷な彼女は、水の中に顔を突っ込み、一気に小さな金色の部品をくわえて戻ってきた。
「これ、でしょ?」
私はそれを受け取り、掌にのせた。
軽くて、あたたかくて、どこか懐かしい感触がした。
そのとき、目が覚めた。
窓の外は、朝。
三匹はそれぞれ、私のまわりで寝息をたてていた。
部品はもうないけれど、手のひらには、まだ"何か"が残っていた。


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